嘘は溺愛のはじまり
何か、彼女を怖がらせるようなことをしてしまっただろうか……?

不安になったが、彼女が繋いだ俺の手を振りほどく素振りはない。


なんでもないです、と自らの手でギュッと涙を拭う姿に、思わず心が締め付けられる。

もしかすると、彼女の過去と何か関係してるのではないか、と思ってしまったからだ。


まさか、このとき彼女が俺のことで心を痛めていたとは、思いもしない。

俺と従妹の理奈との関係を誤解して流した涙だと知っていれば、この時、抱き締めてあげたのに……。


好きだ、愛してる、と愛を囁いて、抱き締めたのに……。


――あのとき結麻さんの様子がおかしかったから、出来る限り優しく接して、ずっと一緒にいてあげたかったのだが……残念ながらデートの翌日は、取引先との会食が以前からセッティングされていた。

会社の役員としての責務は全うしなければならないから、会食を断ることは出来ない。


料亭や高級レストランでの会食よりも、結麻さんの手作りの夕飯の方が俺にとってはご馳走で、その通り言葉にすると、結麻さんは苦笑いをしていた。


「あれは、信じてない顔だったな……」

「……どうかされましたか?」


会食へ向かう車の中、秘書の笹原が俺の独り言に首を傾げる。


「……いや、なんでもない」


とりあえず、会食が終わってもう一件、となるのをどうやって抜けるかを考えることが先決だ。


俺は社用車の後部座席に身を沈め、何か良い案がないかと思案した――。
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