嘘は溺愛のはじまり
私はまだ入社の手続き前で社員証が無いので、受付で一日パスを受け取って、自動ゲートをくぐる篠宮さんに続く。
個人経営の小さな印刷所しか勤務経験のない私は、立派なゲートにすっかり感心してしまった。
エレベーターで目的の階まで上がる。
目的のフロアは、総務部、人事部、経理部が入っているようだ。
「手前が総務部、その隣が人事部。パーテーションの向こうが経理部です。若月さんはこのフロアの皆さんにお世話になることも多いと思います」
「はい」
一番奥の経理部、手前の総務部、最後に人事部の順に挨拶をして回った。
人事部では採用手続きの書類を担当者から受け取る。
「こちらに住所などの連絡先と通勤経路などを記入して下さい。交通費は来月の給料と一緒に振り込みになります。振込先を忘れないように記入して下さい。提出は明日中でお願いします」
そう説明してくれたのは、知的だけど優しい雰囲気の、若手の男性社員。
名前は、奥瀬さんと言うらしい。
私と同じぐらいの年齢だろうか。
でももし同い年――いや、たとえば年下であったとしても、この会社では私より先輩だ。
この会社の全ての人が、私よりも先輩になる。
私は受け取った書類をしっかりと小脇に抱えて、奥瀬さんに「分かりました」と返事をした。