嘘は溺愛のはじまり
「あ、お客様がいらっしゃったんですね。すみません、おしゃべりしすぎました」
謝ると、マスターは「大丈夫ですよ。彼は気にしていないと思います」と優しい笑顔で返してくれたけれど、お客様に“いらっしゃいませ”の挨拶もさせなかった事に罪悪感が湧き上がる。
たとえそのお客様がかなりの常連の方だったとしても……。
慌てて口を噤んだ私を見たマスターは、やっぱり私に優しい笑みを向けて、「気にしないで下さいね」ともう一度念を押した。
ドリップし終えたコーヒーをお盆に乗せてその常連客が座る窓際の席へと運んでいくのを、私はぼうっと眺めていた。
常連客のその人はマスターを見上げて、ふと微笑む。
マスターとしばらく言葉を交わして、その人はこちらに少し視線を向けた、そんな気がして……。
思わず私の心臓が、ドキリと音を立てる。
その人は、とても綺麗な横顔を、ほんの少しだけこちらに向けて。
流し目のように、瞳だけがこちらに少し向けられて……。
私は慌てて視線を手元に逸らした。
コーヒーカップを持つ手が、思わず震える。
心臓がドキドキと大きく脈打つ。