婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
奈子は成城にある実家に戻ったあと、ゆったりとしたパーカーとロングスカートに着替え、ふかふかのソファに膝を抱えて座り、穂波が入れてくれたホットミルクを飲んで、ようやく納得した。
宗一郎にとって、婚約は商談だった。
奈子がなにを喜び、なにを悲しむのか、もし宗一郎がそんな些末なことを知っていたとしても、鬼灯家の花嫁に求める条件は変わらない。
だから、会ったこともない女との婚前契約書だって作れる。
取り決めに従うとさえ約束すれば、結婚する相手はどんな女でもいいから。
「宗一郎くんなら安心して奈子を任せられるな」
行高がお気に入りの日本酒をあおり、満足そうにうなずく。
奈子はローテーブルの上の徳利に手を伸ばして、さりげなく父の目の前から遠ざけた。
「行高さん、和瑚ちゃんのときはやきもきするばっかりで五キロも痩せたんだから」
穂波がアイランドキッチンの向こう側でおかしそうに笑う。
ティーポットを傾けると、アールグレイの香りがふわりと広がった。
姉の和瑚が結婚したとき、奈子はまだ小学生だった。
カリフォルニアの大学に留学していた和瑚は、ときどき奈子に宛てておしゃれなポストカードを送ってくれた。
ある夏の日、届いたカードには英語でメッセージが書き込まれていて、なんて書いてあるのか教えてほしくて奈子が父にカードを見せると、行高は真っ青になって卒倒した。
それが婚約の知らせだった。