婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~

当時を思い出したのか、行高がムッと顔をしかめる。

「きみだってあのときは困っていただろう。なにしろ相手がどこの誰かも知らなかった。今はもう、イーサンが信頼できる男だとわかっている」

和瑚の夫になったイーサンは、その頃まだ大学院生で、駆け出しの作曲家だった。
今でこそハリウッド映画やブロードウェイミュージカルのために曲を書いているけれど、知らぬ間に茅島家を混乱に陥れていたせいで、行高の信用を勝ち取るまでかなり苦労したらしい。

父と母が姉のことをどれほど心配していたか、たぶん奈子はこれからも忘れない。
だけど海を越えて恋に落ち、両親の反対を押し切って好きになった人と結婚をした姉は、その頃から奈子の憧れだった。

「だって結婚をするからには、いつまでも幸せでいてもらわなくちゃ困るでしょう。悲しまないで、笑っていてほしいの。もちろん、奈子ちゃんにも」

穂波が行高の隣に腰を下ろし、奈子を優しく見つめる。

「どうしても宗一郎さんと結婚しなくちゃいけないわけじゃないんだから、気になることがあるなら教えて。実はほかに好きな人がいるとか、宗一郎さんがすごく嫌な奴だったとか、そもそも誰とも結婚はしたくないとか」

「む、そうなのか?」

行高が急に深刻そうに眉を寄せる。
奈子はちょっとだけためらってまつげを伏せた。
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