婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~

奈子はきれいに洗ったマグカップを水切りラックに置き、思わず目尻を下げた。

「いいよ。まだ終電まで時間あるし、いつも電車なんだから」

父と母はお見合い結婚だった。
宗一郎と奈子だって、たとえ恋をしていないとしても、お互いに円滑な夫婦関係を作る方法はあるのかもしれない。

(そのための婚前契約書ってことね)

奈子はふと、固定電話を置いたリビングボードに目を留めた。
マガジンラックにホーズキの特集を組んだ経済誌が飾ってある。

奈子は表紙でほほ笑む宗一郎を指さした。

「ねえ、それ借りてもいいかな」

行高が喜んで雑誌を取り上げ、社長に就任したばかりの頃の宗一郎のインタビューが掲載されているページを教えてくれる。

きっと避けられない結婚だと思うなら、宗一郎のような男が妻になにを求めるのか、ちゃんと確かめなくてはいけない。

奈子は雑誌と婚前契約書が入ったバッグを大事に抱え、両親に見送られながら玄関のドアを閉めた。





鬼灯宗一郎の運転手を自称する佐竹(ゆき)から連絡があったのは、十日後のことだった。

日曜の朝、奈子が新卒のときから借りている1LDKのアパートに似合わないドイツ製の高級車で現れた佐竹は、奈子を後部座席に乗せ、そのまま渋谷方面に向かっている。

手慣れた仕草で左ハンドルを操る佐竹に、奈子は遠慮がちに声をかけた。
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