堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
「会社で何かあったんですか?」
静かにタロちゃんが口を開いた。
言おうかどうしようか一瞬悩んだが、タロちゃんに聞いてもらいたい気持ちが勝った。
気持ちの整理をするように、百合ちゃんのことを話す。もちろん『御影堂』のお嬢さんだとは言わないし、名前も出さないけれど。
「今日、新人さんを怒鳴ってしまいそうになったの。感情的になって爆発しそうになる自分が怖い。どうしていいかわからなくて悩んでる…」
タロちゃんは最後までちゃんと聞いてくれた。
「彩芽さんはえらいですね」
「えらくないでしょ。どうしていいかわからないんだから」
呆れたように、言いかえす。
「そんな状態だったら、嫌になって冷たく当たったり、放り出したりする人もいると思いますよ。でも、なんとかしようと頑張ってる。自分の感情をコントロールしようと必死になってる。えらいですよ」
タロちゃんは目を細めて、微笑んでいた。
タロちゃんにそう言ってもらえると救われる。心が軽くなった気がした。
「参考になるかはわかりませんが」
前置きをして、タロちゃんは話し出した。
「『京泉』では新人が入ってきたら、最初は一つのことしかさせません。まずは、洗い場をする。他の職人が使った器具をひたすら洗う。これ以外のことはしない。それをしばらくやって、よしと判断されたら、あんこにする豆を洗っていいということになる。器具を洗うことに付け加えて、豆も洗わせてもらえる。でも、毎日これだけです」
「洗ってばっかり」
「そうですね」
タロちゃんはフッと笑った。
「でも、いろんなことを一度にさせるより、結局は早くいろいろなことができるようになります」
そうか。百合ちゃんにいろんなことをさせ過ぎなのかな。だからパニックになる?
「ありがとう、タロちゃん。参考にしてみる」
応用できることがあるかも。ちょっと光が見えた気がした。
「どういたしまして」
生真面目にタロちゃんは答えた。
「彩芽さんも、泣いたり怒ったりしていいと思いますよ。じゃないと、疲れ果ててしまう。さっき思い切り泣いてスッキリしたんじゃないですか?」
「うん。今はすごく楽になった。美味しいものも頂いたし」
タロちゃんに会えたから。
心の中で付け加えた。
タロちゃんは少し考えて、そっと呟いた。
「『京泉』がデザートを卸しているお店、他にもありますけど今度行ってみますか?」
「行ってみたい!」
喜んで言うと、タロちゃんは今までで一番優しく微笑んだ。
来たときとは別人のようになって、お店を出る。
熊さんは、「お一人でもまたいらしてくださいね」と朗らかに見送ってくれた。