堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
食事の待ち合わせは大抵、河原町だ。
お店が祇園界隈にあることが多いので、河原町で待ち合わせてブラブラ歩く。散歩のようなこの時間も彩芽には楽しみだった。
お出かけが始まって一ヶ月余り。六月はもう残り少なかった。
週末は『まつの』で一緒に働き、週に一、二度はこうして食事に行く。彩芽の生活はタロちゃん抜きには考えられなくなっていた。
でも、タロちゃんの修行が終わるまでもう一週間も残っていない。
『京泉』に戻ってもまた会える?
何度か聞こうとしたが、もう会えないと言われるのが怖くて聞けないままだ。
六月最後の月曜日、待ち合わせ場所に行くとタロちゃんは先に着いていた。
月曜日は必ずスーツ姿。キリッと髪を縛ったタロちゃんは、通り過ぎる人が振り返るほど素敵だ。
「今日はフレンチなんですが、大丈夫ですか?」
珍しい。『京泉』のお菓子を卸しているお店を巡る会なので、今までは全部日本料理店だった。
「フレンチのお店にもデザートを卸してるの?」
タロちゃんは頷いた。
「最近は、創作フレンチのお店で和の食材を使うところも増えていますので。デザートにも和のテイストを入れるところが増えています」
そう言って案内されたお店は、祇園にあった。
周りのお店と馴染むように、一見フレンチのお店には見えないように工夫されている。京都は外観も大事なのだ。条例で厳しく規制されている。
一歩中に入ると、そこは確かにフレンチのお店で、外観とのギャップがおもしろい。
お店の人が丁寧に「お待ちしておりました」と頭を下げ、「お席はこちらになります」と、すぐに案内してくれた。
これも不思議なことの一つなのだ。普通、お店に入ると名前を言うと思うのだが、タロちゃんは何も言わない。と言うか、名乗る前にお店の人が「お待ちしておりました」と必ず言う。
タロちゃん、そんなに顔が知れているのか?
さすが『京泉』の職人のトップと思わずにはいられない。
今日も、このお店の中で一番いい席であろうと思われる個室に案内された。
そして、タロちゃんは注文もしない。
あらかじめ伝えてあるのか、コースがちゃんと出てくる。
金額を彩芽に伝えないためなのかはわからないが、メニューは見たことがない。
何でも食べられると言ったせいか、おそらく最上級のコースが選択されているようだった。
創作フレンチは確かに、京野菜がたくさん使われていた。賀茂なすや、壬生菜、万願寺とうがらしなど。
フレンチにするとこうなるのか、という驚きと文句なしの美味しさで、彩芽は存分に食事を楽しんだ。
最後にデセールが運ばれてくる。
色とりどりの盛り合わせの中に、抹茶の小さなケーキがあった。
「もしかして、『京泉』のお菓子ってこれ?」
「そうです」
「『京泉』ってケーキも作るの?」
「まあ、食べてみて下さい」
タロちゃんが珍しくおどけたように言った。
小さく切って口に入れる。「あんこ?」
「はい。抹茶のスポンジに粒あんと生クリームを挟んであります」
「美味しい。こういうのって最近多いけど、ケーキ屋さんで作るのかと思ってた」
彩芽が感心して言うと、タロちゃんは真面目な顔になった。
「わたしが目指すのはこれなんです。餡を使った洋菓子を巷で多く見かけるようになったけれど、餡はやはり和菓子屋が作るものが一番美味しいという自負がある。その中でも最高の餡を使って、洋菓子、和菓子という垣根を越えた美味しいお菓子を作りたい、それがわたしのやりたいことなんです」
真剣な表情で夢を口にするタロちゃんは、彩芽には眩しく映った。
「だからおばあちゃんのところに修行にきたの?」
「はい。トキさんの餡は、豆本来の味を大事にしている、雑味のない素晴らしい餡です。初めて口にしたとき、ぞわっとしました」
初めて会ったときのことを思い出した。
武士の討ち入りかと思うほど怖かったタロちゃん。いきなり『弟子にしてください』と言い出して驚かされた。
あれが、まだ三ヶ月ほど前のことなんて思えない。それほど今日まで濃い時間だった。
「初めて『まつの』に来た時、武士の討ち入りかと思ったわ。タロちゃん、むちゃくちゃ怖い顔してたから」
「武士の討ち入り!?」
「だから、〝拙者〟っていう言葉を使うか、なんて変な質問してきたんですね」
思い出して二人で笑った。