彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~

ーーーあの日から数日後、
康ちゃんは変わってしまった。

おかしいと感じたのは翌週だった。
出社すると昨日の終業後、副社長室に不審人物が入り込み警備員が呼ばれたということ。それと、副社長が谷口早希を探して社内を走り回っていたという噂話が一部の社員の間で駆け巡っていた。

康ちゃんと、谷口早希?

考えもしなかった組み合わせに信じられないという思いと、もしかしたら彼女はあちこちの男性に取り入っていたのかもという軽蔑した思い。

康ちゃんと話をするチャンスはなかった。
直ぐにイタリアに出張してしまったし、帰国しても私との時間を作ってはくれない。いつも忙しそうにしていて。

そしてそれは史也さんも同様だった。
彼もメールを送れば返事が返ってくるものの会う時間は作ってくれない。

秘書室は副社長室に入り込んだ取引先の女性社員への対応に追われていたけれど、私がタッチするようなものではないので、私がしたのは後方支援だけ。


どうして、どうして、どうして。
どうして私はこんなに孤独なんだろう。

忙しいとわかっていたけれど、私は康ちゃんへの電話とメールがやめられない。




・・・しばらくたったある日、
私と史也さんは就業後の副社長室に呼ばれた。

いつものスーツ姿なのに明らかに窶れた康ちゃんの姿。
顔色も良くないし、ちょっと痩せた気がする。

「康ちゃん、ちゃんと寝てる?ご飯食べてる?大変ならうちに帰ってきたら?」

近付いて乱れた前髪を直してあげようとしたら、「いい」と手を軽く払われる。

え、今、拒絶された?
ショックを受けていると
「いいからそこに座れ」と言われて史也さんと並んでソファーに腰掛けた。

「率直に聞くけど、二人は付き合ってるんだよな。うまくいってないのか?」

「それはどういう意味でしょう」

史也さんが冷静に返すと康ちゃんはため息をついた。

「うん、悪い。いいんだ。林さんには俺のことで公私ともに迷惑かけてるのは重々承知してるし、申し訳ないと思ってる。俺は二人のことには口を出すつもりじゃないんだ」

疲れた様子でもう一度ため息をついた。

「でも、俺にはもう薫のわがままを全面的に受け入れる余裕はないんだ。付き合いに関して不安なことがあれば二人で話し合って解決してくれないか。薫も、俺にこんな連絡をしないで欲しい。最近のお前は行き過ぎだ。就業後にこの部屋に来ることもやめてくれ。ここでは薫はただの秘書室の一社員で俺は副社長なんだ」

隣に座る史也さんの視線を感じる。

康ちゃんは私と史也さんの本当の関係を知らない。
康ちゃんからの拒絶はショックだけど、それ以上に史也さんから何を言われるかと思うとぞっとする。

「そうですね。こちらも話し合いが必要なようです。今日はこのままふたりで退社しても?」

「ああもちろん」と言った私の従兄弟の言葉を恨めしく思った。

「では失礼します」
史也さんに促されて立ち上がり、部屋を出る前にもう一度康ちゃんを見たけれど、康ちゃんはもう私の方を見てはくれなかった。

そのまま地下駐車場の史也さんの車に乗せられる。

「落ち着いて話をしたいから俺の部屋でいいかな」

仕事中の冷静な言葉遣いとは少し違う。わたしでも自分でもなくて俺。
それだけじゃなくて、初めての史也さんのお部屋。
こんな状況でなければ嬉しかったと思うけど、これから話される内容を考えたら悪い方にしか思えない。

それにいいかななんて言っておきながら私の返事を待たずに車は発進しているし。
どのみち私の意見を聞く気はないのだろう。

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