彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
早希は俺と知り合った日に失恋をしていた。
当時付き合っていた男が浮気をして相手の女が妊娠したと聞かされたのだ。
早希は追うことも縋ることもはしなかったと言っていた。
自分の今後の人生に恋人だった男と浮気相手、その二人の間に生まれた子どもと共存する姿が見いだせなかったと。

だから早希はあっさりと男と手を切ったのだ。

俺とはどうなんだ。
この女と子どもは俺と全くの無関係だが、それでも俺のことも早希はあっさりと捨てるんじゃないだろうな。

全身の血の気が引いていく。
寒気が襲ってくる。

手放せない。
こんな事態を引き起こしたのは若かりし頃の我が身の愚かさ故のことかもしれないが、それでも絶対に早希と離れる気はない。
早希は俺の唯一で、彼女を失うくらいならこの先俺は俺でいる自信はない。

「私が彼に求めるもの?そんなの全てに決まってるでしょ」

目の前に座る女は鼻で笑うように顎を上げた。
そんな態度にもキレそうになる。

ここで声を荒げる事は得策でないとわかっているのに怒鳴りだしたくて堪らない。
遺伝子検査をすれば一発なのだが、すぐに結果が出るわけじゃない。

怒りで震える俺の拳を早希の手がふわりと包み込んだ。
はっとして彼女を見ると、彼女は正面を向き瞳は真っ直ぐ女を見つめている。
だが、手はとんとんとリズムを刻みながら大丈夫だと俺を宥めるように触れていた。

触れられた早希の手の温かさが俺を俺に戻していく。
ーー落ち着こう。
大きく息を吸ってゆっくりと吐いた。

「私は子どもだけじゃなくて私の女としての人生のセキニンを取ってもらうためにここに来たの」
女は尚も不敵な笑みを浮かべる。

そんな姿に嫌悪感が募る。
この女はいったい誰だ。いくら記憶を探ってもわからない。
女の要求はわかったが、なぜ今名乗り出てきたのか。

このままこの場で話をするのは適切でない。
弁護士でなくとも第三者を入れるべきだと思う。
今すぐに誰かに来てもらうかーーそう考えていたら俺の拳を握る早希の手に力が入った。

「残念だけど、あなたの望みを全て叶えるわけにはいかないの。彼の愛と妻の座は渡すわけにはいきません。愛のない暮らしでは誰も幸せになれないわ。それ以外のことは何とかしましょう、ーーー親戚として」

親戚として?

早希が女に鮮やかに微笑んだ。

「リキ君の父親は康史さんじゃないわ」

美しい、毅然とした早希の姿に一瞬息をのんだ。
早希の姿に圧倒されたのは目の前の女も同じだったようですぐには反論をしてこず目を見開いていた。

「ーーー父親はレイフさんかしら」

女は驚愕の表情で両手を口に当てた。
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