愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
「ずいぶんと探しましたよ、お嬢さん」

青白い細面の顔に、銀縁の眼鏡。

「荒尾…さん……どうして……」

博多(じっか)にいるはずの彼がどうして、と息を呑んでからすぐ、「もしかして森乃やに何か……」と口からこぼれた。

すると荒尾は「ふっ」と鼻を鳴らし、「私の顔を見て最初に言う言葉がそれですか」と冷ややかに言った。

わたしはハッとした。彼にまず言うべき言葉がある。

「あのっ、荒尾さん……あの時は……大変申し訳ありませんでした…!」

そう言って深々と頭を下げる。すると、下げた視界の中に彼の靴先が入り込んだあと、ぽんと肩に手を置かれた。

一瞬にして背中に悪寒が走る。今すぐにでも走って逃げたい衝動に駆られたけれど、必死にそれを我慢して、頭を下げたまま謝罪を続けた。

「結婚式の直前でいなくなるなんて本当に申し訳ないことをしたと……荒尾さんにはきちんと謝らなければって本当は思っていて……」

「顔を上げてください」

先ほどよりも和らいだ声にゆっくり顔を上げると、肩の上の手が降ろされた。そのことに少しホッとしながら上げた視線の先。銀縁の奥の一重まぶたが、ゆっくりと弧を描いた。

「そのことならもういいんですよ、お嬢さん」

「え、……」

「社長と女将からは謝罪だけではなく、『こんなことになってしまったけれど、荒尾さんにはこれからも変わらず森乃やのために頑張って欲しい』という言葉とお手当付きの休暇まで」

「……でもじゃあ、どうして……」

父と母からの謝罪だけであの日のことを不問に処すというのなら、どうして彼はここに現れたのだろう。
やっぱり森乃やに何か―――そう思った時。
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