愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
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「すっかり遅くなっちゃった……」

タオルで汗を拭きながら急ぎ足で長い廊下を進む。

祥さんが言った通り、温泉が引かれたお風呂にはとても気持ちがよかった。弱アルカリ性の炭酸泉で、肌がすべすべとなめらかになったと思う。そのうえ大浴場を独占なんて、思わず「極楽~!」と口から出てしまっても致し方ない。

露天風呂で半身浴をしながら庭園を眺めていたら、いつの間にかびっくりするほど時間が経っていた。

祥さん、待ちくたびれているよね……。

わたしが長風呂をしたからって怒るような人ではないけれど、この後の夕食のこともある。あまり遅いとスタッフに迷惑がかかってしまうだろう。

浴衣の裾が乱れないよう最小の歩幅で、でも最大限に回転させていた足が、大広間にさしかかったところでピタリと止まった。

祥さんだ。

縁側に腰を下ろして庭を見ている彼は、濃紺の浴衣姿。

仕事へ行くときのスーツ姿も休日のカジュアルスタイルも、この五年の間に見慣れたくせに、油断していたらドキッとすることがある。
ましてや浴衣姿なんて――。
しっとりとした色気をまとった横顔に、思わず声をかけることも忘れてぼうっと見惚れていた。

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