愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
サンルームに沈黙が降りて、耳に入ってくる音が雨だけになった。

きっとかける言葉を探してくれているのかも。やっぱり気を遣わせてしまったかもしれない。いくらこんな愚痴を聞かされても、反応に困るに決まっているのに。

こんな時こそあれだ。幼いころから叩き込まれてきた接客の基本、『顔で笑って心で泣く』

わたしはひそかに息を吸い込むと、努めて明るい声を出した。

「ありがとうございます。聞いてもらえてちょっとスッキリしました」と、隣を見上げてにっこりと笑ってみせる。

「大好きな場所で素敵な男性とお喋り出来るなんて、最後にいい思い出も頂きましたし」

少しおどけてみせると、彼はその美しい弧を描く二重まぶたを二度ほど(しばた)かせた。

一見近寄りがたい雰囲気のイケメンなのに、その仕草が妙に可愛らしく見えて、笑ってはいけないと思うのに、堪らず「ふふっ」と笑みがこぼれてしまう。さすがに失礼だったと、慌てて口に手を当てた。

なんとか誤魔化そうと上を見上げたら、ガラスの屋根越しに空が明るくなっているのが見えた。夕立は、思いのほか早く上がるみたいだ。

―――そろそろ潮時よね。

「つまらない話を聞いて頂き、ありがとうございました。わたしはこれで―――えっ、」

別れの挨拶をしている途中で、すばやく右手を取られた。

大きく見張ったわたしの双眸に、蠱惑的な笑みが映る。

「どうせなら、もっと最高の思い出にしてやろう」

「え!?」

驚きの声を上げたわたしの手を引き、彼はサンルームの扉を押し開けた。

「せっかくの『一期一会』だからな」と言いながら。


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