愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
[2]

「どうした、飲まないのか?」

「え、」

「さっきから一ミリも動いていないが。……もしかして酒がダメだったのか?」

「え、あ、……いえ、そういうわけでは、」

「じゃあどうした。やっぱり怖いのか?」

「え?」

「さっきよりは低いから大丈夫かと思ったのだがな……」

向かいからポンポンと投げてこられる言葉に、あたふたする。続けざまに「暗くて下はよく見えないだろう?」と不敵な笑みを浮かべて言われ、やっとその意図するところに気が付いた。

わたしが今座っているすぐ横、窓の向こう側には、燦然と輝く夜景が広がっていた。

ついさっきまで居た場所よりは幾分低いけれど、それでもこんな場所で夜景を見下ろしながら食事を取ったことなど未だかつてない。

磨き上げられたカトラリー、ほのかに黄みがかった液体が入ったワイングラス、そして、すぐ横の窓の向こうに広がる夜景。

あまりにも現実離れした今の状況に頭が着いて行かず、何をどこからどうして訊いたらいいのかさえ分からずに、言葉に迷っていたところだったのだ。


展望台から降りたあとわたしが連れてこられたのは、展望フロアから数階下ったホテルのレストラン。

日没直後のゴールデンタイムにもかかわらず、レストランのスタッフは彼をすぐに店の中に案内した。それも窓際の一等席に。
レストランの外には順番を待つお客さんもいるというのに、いったいどんな裏技を使ったのだろう。

展望台を下りたところで解散だろうというわたしの予測はあっさりと裏切られ、彼に手を引かれてここまでやって来た。
何度『自分で持ちます』と言っても、彼が頑として譲ろうとしなかったわたしのスーツケースは、まるで人質ならぬ荷質のようだった。
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