愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
「あのっ」

黒髪の後頭部に向かって声をかけると、彼が振り返った。

「待ってください、あの、わたし……」

「なんだ?食事代のことなら気にするな。もとから今夜はあそこで食事をする予定で、」

「いえっ、そのことではなくって…!」

話の途中なのにそれを遮るように声を張ったわたしに、祥さんが一瞬目を見張る。「しまった」と思ったわたしはまごついた。

「いや、あの……、それももちろんちゃんとお支払いを……、でも今のはそうじゃなくて、」

「なんだ」

探るようなまなざしに、心臓がドクンと大きな音を立てる。漆黒の瞳に引き込まれて───。

「たべて……」

小さすぎるわたしの声が聞きとりづらかったのか、祥さんは「ん?」と首を傾げてわたしの顔をのぞき込んで来た。

「なんだ。食べ足りなかったのか?」

「それならこのあと下の店で、」という彼の言葉を最後まで聞かず、わたしはもう一度口を開いた。


「わたしのことも、食べてください」

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