エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
「千春ちゃん、こんにちは!」

「ユキちゃん、こんにちは」

 千春も笑顔で応えた。
 彼女は、読み聞かせの会に毎回参加してくれているここの入院患者だ。
 本が好きな彼女とは読み聞かせ会の終わりに、どんな本を読んだとか、おすすめはどの本だとか言葉を交わすことが多かった。
 千春のことを"千春ちゃん"と呼んでとても慕ってくれている。
 そのユキはかわいらしく首を傾げた。

「どうして千春ちゃんがここにいるの? 今日は読み聞かせあったかなぁ?」

 千春はにっこり笑って首を振った。

「今日は読み聞かせで来たわけじゃないの。読み聞かせはまた来週だね」

「そっかー、残念。千春ちゃんがいるなら今日は読み聞かせあるのかなって思ったのに」

 ガッカリするユキの隣で母親が苦笑した。

「もうユキったら、お昼ご飯を食べたら今日はお勉強でしょう。いい加減九九を覚えなきゃ」

「ああ、そうだった! でも歌で覚えたらまたうるさいって看護師さんに怒られちゃうでしょう? お庭でやってもいい?」

「ふふふ、仕方ないわね」

「やったぁ!」

 両手を上げるユキに千春はふふふと笑みを漏らす。
 そういえば千春も入院生活の中で九九を覚えるのには随分と苦労した。

「じゃあね千春ちゃん! バイバイ!」

「バイバイ」

 千春に手を振って母娘は病棟の方へ帰っていく。
 千春も手を振って彼女たちを見送った。
 小学生二年生のユキは入学してからまだ一度も小学校へは通えていないという。千春には病気のことはわからないが、それなりに深刻な問題を抱えているのだろう。
 でもその後ろ姿は、そうとは思えないくらい希望に満ちていた。
 千春は手にしている情報誌をジッと見つめる。
 ひとりで生きていくのは千春にとってはハードルの高いことに違いない。でも精一杯やってみよう。
 千春だってユキくらいの頃は元気になって自由に生きたいと願ったのだ。
 その夢が叶ったのだから。
 そして。
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