エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 清司郎が心配そうに見つめている。千春はゆっくりと顔を上げた。

「大丈夫、まだまだ続きが読めると思うと胸がドキドキしちゃって」

 でも彼の目を見ることはできなかった。
 頬の火照りも治らない。

「も、もう寝ようかな」

 ごまかすようにそう言うと、清司郎は納得して「おやすみ」と頭を撫でて静かに部屋を出ていった。
 パタンと閉まるドアを見つめて千春はほーと息を吐く。
 この胸のドキドキを千春は知っている。
 ずっと前。
 千春が中学生の頃に清司郎に抱いたドキドキだ。
 あの頃の清司郎は医大生になったばかり。
 素敵な大人の男性へと成長する彼に、千春は胸をときめかせたのだ。
 初恋だった、と千春は思う。
 でもその初恋を千春は自ら封印した。
 長く生きられない自分が恋をしたって意味はない。
 清司郎にとっても迷惑でしかないと。

"私には愛も恋も必要ない"

"誰も好きになったことがない"

 あの夜、千春が清司郎に言った言葉は本当だ。
 千春はあの初恋をなかったことにしたのだから。
 それはアメリカで治療法が確立し、助かるかもしれないと知らされても変わらなかった。
 ちょうどその頃に、医療費を返せない限り自由にはさせないと叔父から言われ始めたから。
 でも今はもうそのふたつの理由は存在しない。
 手術は成功したし、医療費は清司郎が支払った。
 だったら。
 だったらこのドキドキは、いったいどうすればいいのだろう?
< 58 / 193 >

この作品をシェア

pagetop