外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~


 だとすれば、晶さんの元を去り、ひとりで産み育てるしか道はない。

 妊娠の事実を隠して姿を消すのは、婚姻関係にある場合はきっと難しい。それなら、やはりお腹の子を認知してもらい、離婚という形を取るのが晶さんにとっても私やお腹の子にとっても一番いいに違いない。

 ごちゃごちゃの頭を抱えて病院から帰宅し、マンション前に差し掛かったところで思わず足が止まった。


 あれ……? あの女性……。


 マンションのエントランス前に立ち、スマートフォンの画面に目を落としているひとりの女性。

 肩下セミロングのゆるふわなブラウンヘアの女性を見た瞬間、眠っていた記憶が引っ張り出された。

 きっちりと完璧なメイクはあのときと変わらない。モルディブの日本大使館の受付で顔を合わせたときに、すごいメイクが上手だなと感心したのを覚えている。

 帰国する寸前、晶さんに抱きついていたあの女性に間違いない。

 こんなところにいるなんて、晶さんに会いにきたのだろうか。それとも、もう会った後だったりする?


でも、なぜ……?


 鼓動が不穏な音を立てて鳴り響きだす。

 女性は私の気配に気づき顔を上げると、何事もなかったかのようにその場を離れていく。


「あ、あのっ」


 咄嗟に声をかけてみたものの、私の声には気づかなかったのか逃げるように立ち去っていってしまった。

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