過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
仕事を放り出すわけにもいかず、疲れ切った顔を化粧でごまかして出勤の準備を進めた。
そのままなんとか職場に来て役割は果たしたものの、相当酷い顔をしていたのだろう。促されるまま定時きっかりででオフィスを後にした。

このまままっすぐアパートに帰る気はしない。ひとりになれば、つながらないとわかっている番号を永遠と呼び出そうとするだけだ。
あれやこれや考えてしまって、苦しさは募るばかり。
すぐに朔也に会いに行けないこの距離が悔しい。せめて、話がしたい。

ぐちゃぐちゃと考えながら、すっかり見慣れた道をふらふらと歩き始めた。帰りたくないと思っているのに、結局いつも通り駅に向かってしまうなんて、なんだか情けなくなってくる。

せっかくパリに来たというのに、私の生活はアパートとオフィスの往復ばかりで、この街をほとんど知らないままだ。休みの日はひたすらデッサンを描いたり、こちらの式場を見て回ったりして過ごし、観光のひとつもしてこなかった。

「私、パリについて何も知らないわ」

ぽつりとこぼしたひと言は、誰に拾われることもなく寒空に吸い込まれていった。
時は十一月。せかせかと歩いていた昨日までは気づいてもいなかったが、サマータイムの終わった街はすっかり冬の装いに変わっていた。
街路樹にはいつのまにかクリスマスを意識したようなイルミネーションが施されており、それを見に来た人もいるようだ。瞳をキラキラと輝かせて眺めている人たちが、なんだかうらやましくなってくる。

昨日までこんな煌びやかな光景に気づいていなかったなんて、私はずいぶんともったいない時間の過ごし方をしてきたのかもしれない。

これまで仕事にかまけて目を向けてこなかったのは、朔也に対してだけじゃなかったようだ。この街並みも美しい夜空も、この土地に息づく日常のたったひとコマすら見ていなかったのかもしれない。その気づいた事実に、後悔の念が押し寄せてくる。

< 12 / 187 >

この作品をシェア

pagetop