過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
怖い。

自分のあずかり知らぬところで、事実ではない事柄がまるで真実であるかのように動いている。
それを止める術もない無力な自分は、こうして異国の地で閉じこもるしかできない。

相談する相手もおらず、ひたすら無言で座り続ける音のない空間に、突然スマホの着信音が鳴り響いた。無視してしまおうかと思ったが、それは相手次第だ。フェリーチェからなら出ないわけにもいかない。
渋々スマホに手を取れば、相手は久々莉だった。迷わず通話のボタンを押す。

「もしもし」

我ながら、ずいぶんと暗い声だと思う。でも、今ばかりは取り繕えそうにない。

『野々原さん、大丈夫……って、そういうわけにもいかないわね。事情は聞いたわ』
「そう、ですか」

果たして、久々莉は敵なのか味方なのか。
数年間、自分を育ててくれた彼女にすら、疑いの目を向けてしまう自分が嫌になる。彼女の声は、明らかに私を心配していると伝わってくるのに。

でも、さらに私の近くにいた朔也に裏切られたのだと思うと、ますます他人を信じられなくなってしまいそうだ。

『桐嶋君、やってくれたわね。最低だわ』
「久々莉さんは、彼の言い分を信じないんですか?」
『当り前よ。ふたりが付き合ってたって知ってるのよ』

そう力強く言われてほっとした。彼女にまで非難をされたら、本当に居場所を失ってしまいそうで怖かった。

『正直、こっちの状況は良くないわ』
「久々莉さん、詳細を教えてもらえませんか?」

ため息をつきながら『そうね』と言った久々莉は、これまでの流れを説明してくれた。


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