呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~


「す、凄いわ!!」
 一度にたくさんの魔術を見たエオノラが驚嘆する。
 対してハリーは陰鬱な顔で「とうとう始まったか」と呟いた。
 訳が分からず戸惑っていると、すぐにクリスの異変に気がついた。
 倒れている彼の身体から、ぬるりとした黒いヒルのようなものがいくつも現れている。身体から噴き出した先端はぐにゃりと曲がると、再びクリスの身体の中へと入り込んでいく。

「あれ、は……」
 あまりにグロテスクな情景に慄然とした。
 黒いヒルのようなものはどんどん溢れてきてクリスの身体全体を覆っていった。
「あれがクリスを蝕んでいる呪いだ。呪いが完全になりつつある今、人間の目でも認識できるようになったのさ。そしてあのヒルみたいなのがクリスの身体を完全に取り込めば……化け物が完成する」
「ハリー様の薬、薬で抑えることはできないんですか?」
 呪いが完全なものとなってしまえば、こちらの声はクリスに届かない。そうなれば彼を助けることができなくなる。何とかして食い止めなくては。

 ハリーはこれまで見たこともないような悲哀の表情で首を横に振った。
「もう薬は効かない。満月の日とその前後の三日間は呪いの力が強く、いつもの薬を使っても必ず狼の姿になってしまう。そして無理に強い薬を服用すれば呪いの進行が早まる可能性と、精神が壊れる可能性があった。にも拘らず、クリスは昨日禁忌を犯した。処方していた薬を全部飲み干したんだ。それによって対抗しようとする呪いの力が増して、一気に進行してしまった……」
「どうしてそんなことをなさったんですか? クリス様も満月の日に薬を服用することが危険なのはご存じのはずです」
 普段のクリスなら残された時間を一気に縮めるような真似は絶対にしない。最後まで一縷の望みを掛けて、呪いを解く方法を模索する。クリスは何がしたかったのだろう。

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