呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~
心に深い傷を負い、途方に暮れていたところでクリスと出会ったのだ。偶然が重なっただけかもしれないが、もしもリックとの婚約が続いていればまた結果は違っていただろう。それこそ、祖母と同じで呪いから彼を救えなかったかもしれない。
そんなことを考えていると堪らなくクリスが恋しくなった。
「あの狼神様、一つお聞きしたいのですが私は今どこにいるのでしょうか? 死んでしまった、ということはありますか?」
呪いを解くためにエオノラは自害しようとしていた。最後の記憶が曖昧で思い出せないが、もしも自害が成功しているならクリスがいる世界へ戻ることはできない。
真剣な表情で答えを待っていると、狼神が鼻先でエオノラの頬をつついた。
「ここはあの世とこの世の境目だ。呪いを解いた者は一時的に狭間へ呼び寄せるようルビーローズに魔法を掛けていた。そして其方はまだ死んでいない。安心せよ」
「……よ、良かった」
エオノラは喜びを噛みしめた。早く戻って呪いが解けたクリスに会いたい。
心の中でその想いが強くなっていると、不意に上から誰かの声が微かに聞こえてきた。
――エ……ノ、ラ……エオ……エオノラ。
声はくぐもっていて誰の発している声かまでは判別できない。
名前を呼ぶ声は何度もこちらに返事を求めているようだった。
相手が誰かは分からない。分からないのに、その声を聞くといてもたってもいられない気持ちにさせられる。帰りたい、早く帰らなくちゃと心が逸る。
「狼神様、私……」
そこまで言うと、狼神様が頷いた。
「さあもとの世界へ戻ると良い。其方の帰りを心待ちにしている者がいる。そして本当に呪いを解いてくれてありがとう……石守姫よ」
狼神は最後にそう告げると、ふうっと息をエオノラに吹きかけた。
軽く吹きかけられただけというのに、エオノラの足はいとも簡単に白い地面を離れ身体は風に乗って舞い上がる。
(さようなら狼神様)
エオノラはこちらを見上げる狼神に手を振った。
真っ白の世界は次第に様々な色を帯び始め、世界を彩っていく。最後に虹色の眩しい光が目の前に現れるとエオノラの身体を包み込んでいった。