呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~


 ◇

 庭園に足を踏み込むと、相変わらず見事なバラたちに出迎えられた。
 スイートブライヤーやコウシンバラ、ダマスクローズなど、世界中のバラをこの庭園に集結させたのかと勘違いするくらい多種多様なバラの樹で溢れている。じっくりと見て回りたいところだが今は目的を忘れてはいけない。
 侯爵や狼に怯えながらも音のする方へと移動していくと、突然枝葉を切るような音が聞こえてきた。

 イチイの生け垣に隠れて覗き込むと、前方で青年が一生懸命剪定を行っていた。
 横顔しか見えないが、月夜を閉じ込めたかのように美しく輝く青みがかった白銀色の髪。鼻梁は高く身体つきはすらりとしていて、白のシャツに灰色のズボンとベストを着ている。鋏を握っていない左手は黒革の手袋をつけていた。
 恰好はただの使用人なのに背筋がスッと伸びた品のある立ち姿と、ただならぬ雰囲気に圧倒される。
(もしかして、使用人じゃなくて彼がラヴァループス侯爵なのかしら?)
 一瞬そんな考えが頭を過ったが侯爵は杖をつく老人でかつ、醜い顔であることを思い出した。それに彼が侯爵ならとっくにエオノラは死んでいる。
(彼はただの庭師みたいね)
 じっと観察しているとバラの手入れをしていた青年の手がピタリと止まった。続いて身体を勢いよくこちらに向けてくる。


「……っ!?」
 エオノラは慌てて生け垣に身を隠したが一瞬、琥珀色の目と合ったような気がした。その証拠に足音が何の躊躇いもなくこちらへ近づいてきている。
(――もしかして、見つかってしまった?)

 顔を真っ青にさせ、他に隠れる場所がないか周囲を見回してみる。目に留まった塀近くの樹木に中腰で移動して逃げ込むと、身体を丸めて様子を窺った。
 いつの間にかこちらに向かってきていた足音は止んでいる。代わりに鈴のような音だけが庭園には響いていた。

 見つかったというのは単なる思い込みだったのかもしれない。
 ほっとして気が緩んでいると、突如として後ろから低い声が降ってきた。
「ここで何をしているんです?」
「ひゃああっ!!」
 小さな悲鳴を上げて振り返ると、先程剪定を行っていた青年が琥珀色の目を細め、不快そうな表情で立っている。
 相手がこちらを睨んでくるのでエオノラも負けじと見返した。
 果たしてあまりにも長い間見つめ合っていると、やはり羞恥心が湧いてくる。エオノラは敗北を認めるようにさっと視線を逸らした。

「ええっと……」
 気まずいながらも声を上げると、その場に立ち上がってスカートの皺を伸ばす。

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