小さな願いのセレナーデ

終演を迎えるとすぐ、私は手を引かれてホールを出る。外の大通りまで出ると、停まってあるタクシーに押し込まれる。

彼がドイツ語で何かを話すと、すぐにタクシーは発進していった。

何かを言う前に、彼と目が合うと──唇にそっと唇を押し当てられる。

「あの……」
「日本じゃないし、みんなこれぐらいはしてるよ」
本当なのか疑うが、一度だけちらっとこちらを見たタクシーの運転手は、また平然な顔で運転をはじめた。

それでも、もう一度迫ってくる唇は、やんわりと避ける。
そっと彼の唇に手を当て首を振ると、昂志さんはクスりと目を細めた。

「可愛い」
唇は回避できたが、次は頬。ちゅっと軽い口付けが降ってくる。

「これぐらいで勘弁してあげる」
そう微笑む姿を直視できず、ただ俯くことしかできなかった。


そしてタクシーは、とあるホテルの前で止まった。
肩を抱かれてタクシーを降りると、そのままロビーを突っ切りエレベーターの前まで来た。
そこで足を止めると、彼はカードキーを取りだした。

「いいね?」
その言葉の先を意味すること。
それを知らない子供ではない。

私はコクりと頷く。
──この人になら、きっと何をされても許せる。
目の前にいるこの美しい人が、悪魔だとしても。それでも後悔はないと思ったのだ。

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