小さな願いのセレナーデ
私には似合わない
(うーん、どうしよう……)

水曜日の昼休み、レッスン室を借りていたが、バイオリンを弾く気になれない。
ただ頭を抱えて唸っていた。

そう、今日は水曜日。瑛実ちゃんにレッスンの日。
もう昂志さんはニューヨークから戻ってきているはずだ。今日会うかも知れない。


(……どうしよう)

碧維の父親はあなたなんです。そう言うべきなのだろうか。
言った所でどうなるのか。
ホテルソーリスオルトス社長の隠し子だと、世間にバレてしまったらどうなるか。
しかも相手は、ただのバイオリンの講師。
妹の先生という立場だ。
そもそも瑛実ちゃんも嫌だろう。まだウィーンに旅立つまでかなり時間もあるから、辞めるに辞めれないし。別の人を宛がうにも、少し時間もかかるだろう。

考えただけで、頭が痛い。


「あ、秀機君」
「どうしたの?通りがかったら何か調子悪そうだったから」

いつの間にか秀機君が後ろに立っていた。
眉間に皺を寄せて…多分かなり心配している。

「ごめん、考え事してた」
そう笑って見せると、安心したように小さく息を吐いていた。
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