愛しの君がもうすぐここにやってくる。

知徳法師は桔梗さんが一瞬私の近くにいたことに気づいていないのか、なにも言わない。
周りに誰もいないと思っているのか私の腕を掴んでいる力も少し緩くなる。

逃げられるか・・・。
でも逃げるにしても雨で濡れた砂利道、重たくなった着物、うまく逃げられる自信がない。
でもやっぱり掴まれている力も緩んでいる今がチャンスかもしれない。
どうしようか。

ちょうどそのとき雨のけむる中、時親様が見えた。
私は思いきって腕を払い、時親様の方へ向かった。

「紫乃!」
私を見つけた彼が私の名を呼んだ。

一瞬の隙をつかれた知徳法師の舌打ちが聞こえる。

「時親様!」
私は名前を呼びながら彼の胸に飛び込むと、受け入れるように時親様は腕を背中にまわしてくれた。

「大丈夫ですか?
けがはありませんか?」
私は顔を上げて安心したせいか、緊張も解けて半泣き状態で答えた。
「はい・・・、大丈夫です」
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