政略結婚のはずですが、溺愛されています【完結】
「出なくて、いいの?」
「いい。ごめん、電源切ったから」
「でも…―」
「清川からだった」
「…」
「だからいい、他の秘書なら店を出て掛けなおす」

 清川さんの名前に心拍数が上昇する。
ネクタイの件が頭の中に浮かび、心臓が痛い。ズキズキと痛むそれは消えるどころか溢れていく。

「日和、」

そう名前を呼ばれ強制的に絡む視線に涙が溢れた。
言葉にして伝えられない分、それが涙になって流れた。

「なんで、」
「ごめん、何でもない」
「何でもないわけないだろ」

 私は持ってきていたブラックの小さなショルダーバッグからハンカチを取り出して涙を拭いた。
しかし何でもない、というセリフを発した後に逃げてはいけないと思いぐっと太ももの上で拳を作った。

「楓君…本当は今日、伝えたいことがあったの」
「伝えたいこと?」

声からも困惑している彼の心情が伝わってくる。

「欲しいものはある?って、楓君聞いてくれたよね。私欲しいものあるの」
欲しいもの?と私の言葉を繰り返す。

「私、楓君の好きが欲しい」

声が震えていた。それほどまでにこの言葉を伝えるのが怖かった。
事実を知るのも怖かった。
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