政略結婚のはずですが、溺愛されています【完結】

その勢いが良すぎたのか若干楓君が背中を反らせた。

「あ、ごめんね!」
「いいよ、平気」

 彼の声はとても安心することが出来る不思議な声だ。今日外でたまたま会った際のそれは酷く冷たく、別人のようだったけれど、家での彼は違う。私だけが知っている妻の”特権”というやつだろうか。
ふんわり、彼の香りが鼻を掠めると同時に、嗅いだことのないバニラのような甘い香りがした。

 それは、彼に抱きしめられる時間が長くなればなるほどに強くなる。

「え…」
思わず私は彼から離れてしまった。
「何。どうかした?」
突如、突き放された楓君は眉根に皺を寄せ、明らかに怒っていたがそんなことはどうだってよかった。
「いや、何でもない…」
「…」

 何だろう、どうしてあんなに甘い香りがしたのだろう。
舞衣子の言葉が脳裏を過る。

―あんなイケメン、愛人の一人や二人、いそうだけど

 政略結婚の場合も不倫はダメだと認識しているが彼ほどの人ならばもしかしたら一般常識は通用しないのだろうか。
いや、まさか。そんなわけない、楓君は不倫はしないはずだ。

(じゃあ、どうして…?)



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