政略結婚のはずですが、溺愛されています【完結】
♢♢♢

家事は不得意ではない方だった。
ただし、要領は悪いと思う。料理は結構失敗をするし、どうしてか家電を壊してしまう頻度が高い。
夕飯の買い物を終え、ある程度家事も終えた私は夕飯作りのためにキッチンに立っていた。
 私たちの住んでいるマンションは所謂、超高級マンションでそのためキッチン一つをとっても広さに圧倒される。だいぶ慣れたとはいえ、当初から無反応の楓君には相変わらず驚く。

 楓君に『嫌いな食べ物はないのですか?』と尋ねた際に彼はない、といった。同時に好きなものもない、といったのである。
何に対しても興味の無さそうな目を、態度をする彼は少し変わっていた。

「嫌いな食べ物もないし、好きな食べ物もないんだよね?それが一番困るよ」

まだ真新しい高そうなまな板の前でそう呟くがもちろん返事は返ってこない。(ちなみに家具などすべて楓君が用意してくれた)
「よし、今日は唐揚げだ!」

 声を張り上げ、自然に口角が上がった。

 この世のすべてに興味が無さそうな彼だが、一度彼の別の顔を見たことがある。
楓君の勤める本社ビル前から出てきた彼をたまたま見てしまったのだ。
別に隠すことではないのだが、彼に声を掛けることはせずにじっとその様子を見ていた。仕事の時の彼は別人で誰も寄せ付けないオーラを放っていた。
両親から西園寺グループの長男である彼は決して親の七光りなどではなく、実力で今の地位にいることも聞いた。それほど優秀な彼の妻を務めるというのは相当なプレッシャーがある。

だが、楓君から何かを要求されたことはほぼなかった。体調が優れなくて家事が疎かになっても、彼が文句を言うこともそれを態度に出すこともない。
 むしろ自分がやる、という。その回答は夫としてパーフェクトだと思っている。だからこそ…―。

今朝の初めてのキスの要求には戸惑っている。

私個人の意見としては、好きな人とは抱擁で満足するだろうし(したことはないが)そもそもキスやそれ以上の行為は両想いであることが前提だと思っている。
楓君がどう思っているのかは不明だが、行ってきますのキスは夫婦として当たり前なのだろうか。
そうこうしているうちにあっという間に夜になった。
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