社長と同居しているだけです。結婚に愛は持ち込みません。
葵さんの突然の言葉に、心臓がドクドクと大きな音で鳴り響く。
病院の廊下をパタパタと、少し速足で歩いていると、前から近づいてくる牧田さんが見えた。
「花梨さん、急いでどちらへ行かれるのですか?」
「ち…ちょっと飲み物…買ってきます。」
牧田さんは、慌てている私を見て、不思議そうな顔をした。
真っ赤になっている顔を見せないように俯いて逃げるように通り過ぎる。
病院の売店近くに、置かれている誰もいないベンチを見つけて腰かけた。
大きく息を吐き、自分の両手で熱く火照った頬を押さえた。
まさか、葵さんから、あんな言葉を言われるとは、思ってもみないことだ。
思い出すたびに、心臓がキューッとつままれたような感じがする。
夫である葵さんと、両想いになれたということなのだろうか。
考えるだけで、ドキドキが止まらない。
気持ちが少し落ち着きを取り戻し、葵さんの病室に戻ると、葵さんと秘書の牧田さんが仕事の打ち合わせをしている。
邪魔をしないように、そっと会釈をして病室を出ようとした時、葵さんの声が聞こえて、思わずビクッとしてしまう。
「花梨、ありがとう、気をつけて帰れよ。」
「は…はい…。」
私はこんなにドキドキしているのに、葵さんはいつも通りだ。
恋愛の経験値の違いなのだろうか。