花吹雪~夜蝶恋愛録~
「頑張ってください」


陳腐な言葉だなと思う。

でも、美咲にとってはそれが精一杯だったのだ。



「私が豊原さんを待つことはないですけど、元気でいてくれることは祈ってます」

「十分だ」


でも、もしまたいつか、偶然にでも会えたなら、その時は、大人になった私を抱いてくれますか?

と、喉元まで出掛かった言葉は、だけども聞かずにおいた。


それじゃあ、待っているのと同じようなものだから。



「私も私で、頑張ります」

「あぁ。幸せになれよ」


励まされて、少し笑った。



「言われなくてもなりますよ。私の夢は、優しくてイケメンでお金持ちの人と結婚することなんですから」

「そりゃあ、また、無謀な夢だな」

「ひどーい。私、本気で言ってるのにぃ」


席を立つ。

いつもみたいな会話を交わしていると、別れがたくなり、だから美咲は豊原に背を向けた。



「じゃあ、私もう行きますね」


渇いたはずの涙が再び込み上げてきて、言いながら、美咲は足早にバーを出た。

最後まで笑っていたかったはずなのに、その声はかすれてしまった。


そのまま、当てもなく走り、路地裏に入ったところで息が切れてうずくまったまま、美咲は声を上げて泣いた。




豊原とのことは、きっと、恋愛と呼べるほどですらなかっただろう。


でも、豊原のおかげで、美咲は、少しだけ成長できたのだ。

そこには感謝しかない。



だから、今だけは、思う存分、泣きたかった。


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