花吹雪~夜蝶恋愛録~
「それでも俺は、昔拾ってもらった恩義を捨てられないんだ」


豊原は、カウンターテーブルの上に置いたピンバッジを指で転がす。



「バカだと思っていい。俺はそういう生き方しかできない性分でな」

「ほんと、バカですよ」


怒りとか、悔しさとか、悲しさとか、寂しさとか。

色々な感情でぐちゃぐちゃになったものが、涙として込み上げてきた。


と、同時に、美咲は気付いた。


私は心のどこかでこの人を求めていたのだ、と。

一緒にいるだけで楽しくて、どこか心地よくて、そんな豊原を、美咲はいつしか好きになっていた。



でも、だからって、どうすればいい?



この人はヤクザで、これから組のために刑務所に入ることが決まってて、もう何年も会えなくなる。

自らの恋心に気付いた瞬間にそれが打ち砕かれるなんて、残酷なものだ。


美咲は鼻をすすりながら涙を拭った。



「私が豊原さんを待つことはありませんよ」


母を待ち焦がれた過去。

もう二度と、あんな想いはしたくはない。


豊原は、うなづいて、「わかっている」と言った。



「もし仮に、俺がお前に一緒に逃げようと言ったとしても、お前がそれに同意することはないことも、お前が俺を待つことはないことも、わかっていたさ」


美咲が、母のように、すべてを捨てて男を選ぶことすらできないということも、豊原は見抜いていたらしい。



「まだ18の女に、恋人でもないこんなオヤジのためにそんな重いものを背負わせたくはない。だから、今日、別れの挨拶をするために、店に行ったんだ」


豊原は、言って、再びピンバッジを手の中に握った。


それでも組のためにという道を選んだ豊原と、母とは違う生き方を選んだ美咲。

ふたりの未来が交わることはない。
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