愛を教えて欲しくない


前の黒板を見上げればいつの間にか書き足されていた[名前!!好きな食べ物!!好きなこと!!最後にひとこと!!]と大きく乱雑な字が存在感を放っていた。

続々と終えていくクラスメイトたちの自己紹介そっちのけで頭の中に文章を書き出しなんども確認をしていたら、とうとう私の前の生徒の番が終わってしまった。

「はい次ー」

まばらな拍手のあとに響いた担任の声を合図に前の生徒に集まっていた視線がゆっくりこちらへ集まっていく。


それでもまだ髪先で遊んでいる幼馴染の手を髪の毛をたるませ他から見えないように囲って、ペシッと叩いて無理やり引き離すと不満そうな顔でこちらを見てきた。

これに関して私に非があるとは思っていないので、視線を無視して立ち上がり着席時より開けた視界に少し憂鬱になる。

「榎澤 愛無(えのさわ まな)です。好きな食べ物は梨。好きなことは映画をみること…です。よろしく、お願いします」


おかしくなかったかな、と不安が込み上げて、自分に集まっている視線から早く逃げたくなって重力に従いストンと腰を落とした。


前の生徒のときと同じような事務的な拍手が聞こえ、少しほっとする。

担任の合図を皮切りに「はい」という声と一緒に聞こえたガタッという音の方へ顔を向けると目があった幼馴染の口元が弧を描いたような気がした。

「恵野 慧心(えの けいしん)です。好きな食べ物は梨で、映画鑑賞が趣味です。首席です」


最後のひとことに女子は「スペック高すぎー」などと顔を見合わせ、男子は恨めしそうな目で首席の男を見つめている。

キャッキャとはしゃぎだしたクラスメイトたちと裏腹にはしゃぐ気にもなれなくて、目立たないように生きたかったのに、とか細く念仏を唱えるような低い声で唸りを上げた。


ゆっくり体を回転させ幼馴染を軽く睨みつければ「全部一緒だね」なんて満足そうに顔を綻ばせて言ってきた。
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