愛を教えて欲しくない

頬を赤らめながら「それでね、慧心くんも一緒にカラオケ行かない?」と問いかけた彼女の誘いを慧はきっぱりとした語気で断った。


「今日予定あるから」


その言葉にあからさまに落ち込んだ様子でそっかぁ、と零した彼女に慧が噛み付くように質問した。

「なんで僕だけなの?」

「え……?」

「だからさ、なんで僕だけなの?」


ぽかんと口を開け、意味がわからないといった様子でキョロキョロと目線を外し、答えられずにいた彼女は私の存在に気づき、慧の言葉の意味を理解したようで弱々しい面持ちで私をみた。


気まずい空気に耐えかねて床にあった視線をまた2人の方に向けると、まさかまだ彼女に見つめられていたとは思わず突如合った目線にびっくりして、数秒固まってしまった。


そんな私を見て、青い顔してわなわなと唇を震わせる彼女をこれ以上不安にさせるまいと、下手な笑いをしてみせた。


その笑いにひとまず安心したのか、少しほっとした表情を浮かべた彼女は自分を見下ろす慧を判決を待っている被疑者みたいな心配気な目つきで見上げた。


その表情にいたたまれなくなって、どんよりとした空気をかき消すように「まだ覚えられなくて当然だよ」とフォローを入れて、立ち上がり自分の服の裾を引っ張った私に何か言いたげな様子の慧に目を細めて訴えかけると、渋々顔を和らげた。


慧の表情をみて笑顔が戻った彼女に「予定があるから私も今日は遠慮する」と伝えれば「わかったまたね!」と手を振って階段を駆け上がっていった。


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