愛を教えて欲しくない
何事もなかったかのように私の手を取り、じゃあ行こっか、と微笑みかけた変わり身の速さに思わず顔を歪ませる。
手を引かれるままに歩きだしながら、あの子はきっと慧のことが気になってたんだろうな、だからわざわざ聞きに来たんだ。と思って、少し胸がズキっと痛んだ。
「まなちゃん?」
ぼうっとしたまま歩いていたら私の左手をがっちり握って離さない慧が眉を下げて顔を覗き込んだ。
「なんでもない」
慧の顔をチラリとみてから、顔を逸らしてため息混じりに呟く。
「まなちゃんなんでもないばっか」
ムスッとした表情で私を見てから、まあいいよ帰ろとむくれた顔のまま止めた足を再び進めだした。
正門まで歩いたところで、どこに住んでるのか聞きそびれてしまったことを思い出してはっとし「忘れてた、慧はどこで寝泊まりしてるの?」と慧を見上げて聞いた。
手を軽く引いて返答を促すと、二重まぶたのくっきりとした大きな目がキュッと細まる程の笑みを浮かべて、底抜けに明るい声で言い放った。
「503!」
「ふぅ、ん、……へ」
側から聞いたらなんでもないようなその数字が自分の隣の部屋番号だと気づいてとんでもなく素っ頓狂な声をだしたことにすら気づかないほど、雷が走ったような驚きに動くことが出来ずに苦笑いを浮かべることしかできなかった。