愛を教えて欲しくない
恵野慧心
しばらく抱きしめ合った状態で立っていれば、なにかを思い出したように「あっ」と言って、私の顔をみた慧が「あのね」と言葉を続けた。
「那緒と恋もこのマンション住んでるんだよ、下の階」
「は?え、2人もここに住んでるの?」
「うん、まなちゃん住んでるって言ったら私達も住む〜って那緒が」
那緒が来るなら恋もついてくるでしょ?と可笑しそうクスクス笑う慧を視界に、那緒が行くなら俺も行くと言って聞かない恋兎が容易に想像できてしまって一緒になって笑ってしまう。
「昼頃行こうかなって言ってたからまだ時間あるね」
よいしょと立ち上がった慧は手慣れた振る舞いでキッチンに立って腕をまくると何食べたい?と聞いてきた。
「…慧家隣でしょ、戻って自分家で食べなよ」
「やだ、今一緒にいるんだから、いいじゃん一緒に食べようよ」
絶対帰らないと言い出した慧は私の返事も聞かぬ間に冷蔵庫を開け、中身を物色している。
「フレンチトースト食べたい」
その強引さに根負けして、素直に食べたいものを口すると「わかった」と頷いて、そそくさと冷蔵庫から食材をとりだし始めた。
フレンチトーストと言ったあとで、さっき蒸しパン食べてたことを思い出してキッチンを改めて見ると慧が鼻歌交じりに卵を取り出し始めたので、お腹いっぱいって訳じゃないしと机の上に置かれたままだった蒸しパンの袋を音を立てずにゴミ箱へ投げ入れた。