揺るぎのない愛と届かない気持ち
気づいていた。

東吾さんがここに、いないことに。

初めはそれがどうしてか、
それが、わからなかったのだが、
段々と意識がはっきりとしていくにしたがって、
あの日のことも思い出し、
私が、
彼が近づくのを激昂しながら拒否し、
子供も抱かせないでと
喚き散らしたことも、思い出した。

「紗英ちゃん、、、
このままではいけないでしょう。
東吾くん、部屋には入れないけど、
毎日病院へは来ているのよ。

あなたの様子を、
ベビちゃんの様子を尋ねているらしい。
もう少しして落ち着いたら、
きちんと、
話し合わないとね。」

「お母様はあの日のことを知っているの?」

私の記憶が抜け落ちているのか、
母に東吾の不倫のことは
まだ話していないと思ったが、
母は全てを知っているかのように話した。

「あの日ね。
電話で苦しそうに病院へ行くって話をして
それが途切れた後、
東吾くんが電話を代わったのよ。」

「そうだったのね。
東吾さんは私と一緒に救急車に
乗って来たのかしら?」

「救急車のあとをタクシーで追っかけて、
救急隊員の人からも
搬送先の病院の詳細を教えてもらったらしいわ。
身分証明らしきものを見せて。

あなたがね、意識がないはずなのに、
もう手に負えないくらい
東吾くんの同乗を拒否したのですって。
取り乱して、大変だったらしいわ。

私たちが東吾くんから連絡をもらって、
病院に着いたら、
もうすでに帝王切開が始まっていて、
手術室の前で東吾くんが
倒れそうなほどに真っ青な顔で、
立っていたのよ。」

長内さんはどうしたのだろう、、、
あのまま
彼女はあの私たちのマンションにいたのかしら。

「お父様が、
どうしてこういうことになったんだって、
東吾くんに尋ねたらね、、、

正直に答えちゃったのよ。」

「。。。。。。」

「紗英ちゃん、まだ本調子じゃないからこの話は、
またにしましょう。」

母がベッドに横になって目を閉じている私を
気遣うようにそっと言った。

「大丈夫。
この世にちゃんと戻って来たから、
あの子を置いてもうどこにも行かない。」

「紗英ちゃん、、、お母様も命が縮まったわ。
赤ちゃんの心拍数が下がったのも、
あなたの血圧が急激に下がっていったのも、

母体が危険な状態ですって言われたのも、、、
もうこれ以上のものはないくらいに辛かった。

赤ちゃんを残して行かないでって、
祈るしかない自分の無力さに、、、
悔しさしかなかった。

ようやく
命を取り留めたというのに、

あなたは目覚めない、、、

紗英ちゃん、
お父様も私もあなたに何かあったら、
紗英ちゃんの赤ちゃんは
私たちが守ろうって、決心していたのよ。」

母は涙ぐみながらそう言った。

「お母様、心配かけて、ごめんなさい。
ちょっと
この世に戻って来たくない気分だったの。
でも、
あの子に僕を置いていくのかって、
泣かれた声が聞こえて、、、

もう何があっても、
あの子を残してはどこへも行かない。」



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