私、あなたの何なのでしょう? 10年目の再会は愛の罠
「は~い、お待たせしました。牡蠣の炊き込みご飯だよ。」
常連だからと、今日はサービスしてくれたようだ。
小ぶりの土鍋を大将がわざわざ運んでくれた。
「土鍋が熱いから、気をつけて。」
布巾を使って、パアっとふたを開けてくれた。
炊き立ての湯気と、牡蠣の磯の香りが広がる。
食欲をそそる香りの筈なのに、菜々美は一瞬、息が止まりそうになった。
慌てて、席を立つ。
真っ青になった菜々美を心配して、化粧室まで郁也が付き添った。
「大丈夫。チョッと寝不足で貧血気味みたい。席に戻ってて。」
「何かあったら呼べよ。」
「うん、ありがと。」
席に戻った郁也に、こっそりと延原が声を掛けた。
「あれじゃない?」
「あれって?」
「ニンシン…。」
「まさか!お前、何言ってるんだ!」
「うちの奥さん、妊娠がわかった頃ってあんな風だったよ。」
「あんなって?」
「ご飯の匂いとか、ダメになるらしいよ」
まさか、菜々美が?男と付き合ってるなんて聞いてないぞ。
「あっ…。」
「どうした?」
あの男か…。
さっきは冗談で言ったのだが、いつかホテルで会った少し年上の医者。
アイツの顔を見た時の菜々美の表情は忘れられない。
見た事もないほど、オンナの顔をしていたのだ。
『切ない』表情と言えばいいんだろうか。
あの二人の間に会った妙な緊張感がイヤで、俺はあの場を逃げ出したんだ。