一夜では終われない~ホテル王は愛しい君を娶りたい~
 なぜならここは職場で、彼は社長だからだ。まだ勤務時間だし、デスクを利用する顧客もいる。

 しかし深冬はカウンターから身を乗り出して私の耳に向かってささやいた。

「定時が過ぎたら〝アモラリアスイート〟に来い。アルビコッカの部屋だ」

 耳朶をくすぐる心地よい低音と、十年間忘れられなかった甘い吐息に心を強く揺さぶられる。

 彼は私の返答も待たず一方的に告げると、なにごともなかったかのようにその場を立ち去った。

 隣にいたコンシェルジュの視線を感じるが、今は説明する気になれないし、そもそもなにをどう話せばいいかわからない。

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