エリート警視正は偽り妻へ愛玩の手を緩めない【極上悪魔なスパダリシリーズ】
純平さんが出ていって三十分ほど後、私は彼のマンションを後にした。
もともと、私自身の荷物はほとんどない。
身に着けていたものはすべて、彼が買い与えてくれたものだから、そのまま置いてきた。


もう、終電の時間はとっくに過ぎている。
でも、どうしても……ほんの一秒でもあの家にいるのが辛かった。
ラグジュアリーなエントランスを出て、弱い街灯に照らされた狭い通りを進む。


――ひとりだ。
ひとりで、なにも気にすることなく、夜道を歩いている。
堪らない解放感で、浮かれてスキップしてもいいくらいなのに、私の心は沈みに沈んでいて……。
大通りに出てタクシーを拾い、後部座席に乗り込んだ途端。


「ふうっ……」


我慢できず、くぐもった声を上げて、泣き出した。


「えっ。お客さん?」


運転手さんが、ギョッとした様子で、バックミラー越しにこちらを見遣ってくる。


「すっ、すみません」


私は両手で顔を覆い、ひくっひくっとしゃくり上げた。


「家に着くまで、泣かしておいてください」


何度も声をつっかえながら、そうお願いした。
運転手さんは、高級住宅街で真夜中に拾った、何故かスーツ姿の女性客を、相当ワケありだと思ったのだろう。
それきり、なにも言わずにタクシーを走らせて、


「一万円でいいから。浮いたお金で美味しい物でも食べて、元気出しなね」
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