身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
仁の口からその花の名が飛び出し、椿は顔が熱くなった。

まるで、自分の胸の内が見透かされたような恥ずかしさだ。

「こんな見る者を困らせるような歪な朝顔、とてもじゃないけど売り物にならないわよ」

普段は受け流す菖蒲の悪態も、なんだかこのときだけは無性に腹が立った。椿の中の仁を汚されたような気がして嫌だったのだ。

確かに菖蒲の言う通りで、未熟な作品ではあるけれど――。

「今は歪だけど、いつか上品な朝顔を表現できようになるから」

凛として麗しい最上の朝顔を自分の手で作り上げたい。

実際に染めの仕事に就くことはないだろうけれど、学ぶからには満足いく作品を仕上げて卒業したい。

「趣味はほどほどにしなさいよ」

菖蒲は仁の腕を掴んで部屋を出ていく。

仁は困った笑みを浮かべながら「椿ちゃん、ありがとう。とても素敵だった」と声をかけてくれる。

現金な椿は、そのひと言だけで充分満足できるのだった。


その年の冬に完成させた椿の卒業制作は、朝顔を手書き染めした優しい印象の着物。発表会では金賞を受賞し、誇らしい気持ちで専門学校を卒業した。

その後、椿はみなせ屋へ就職。両親と姉の仕事を手伝った。



椿がみなせ屋に勤め始め、三年が経とうという頃。菖蒲が消息を絶った。

部屋には書き置きが一枚残されていて、達筆な文字で【自分が決めた相手と幸せになります】とだけ記されていた。

事情をなにも知らない椿にとっては青天の霹靂だ。

姉の人生は素敵な婚約者がいて、呉服屋の次期女将という役目も担い、すべて順風満帆なのだと思っていた。

姿をくらまさなくてはならないほどの確執が、両親との間にあったことなど知らされていなかったのだ。
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