身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
「駆け落ちなど、ふざけたことを……!」

居間に父の激昂が響く。その手に握られている書き置きは、握り潰されてくしゃくしゃだ。

「あの子、携帯電話を置いていったみたいなの。連絡のつけようがないわ」

母は取り乱し居間の中を歩き回っている。顔色は今着ている青磁色の小紋にも負けないほど蒼白だった。

「どうしましょう、警察に連絡――」

「ダメだ! 男と駆け落ちしたなど、水無瀬家の恥をよそ様に知られるわけにはいかん!」

その日の夜、父が眠ったのを見計らって、母は椿にすべてを打ち明けた。

菖蒲には以前からちらほらと男の影があったそうだ。

仁との婚約が決まった後は貞淑にしていたようだが、最近になって急に、一緒になりたい男性がいると漏らすようになったという。

当然両親は大反対だ。

みなせ屋は京蕗家の援助のもとで成り立っている。菖蒲は京蕗家への献上品であり、自由恋愛の権利などない。

そもそも、縁談の背景に援助があったことを椿は初めて知った。

愛する人と引き離され、強制的に別の男性と結婚させられるなんて、嫌になっても当然だ。

結果、菖蒲が家を捨てて出ていったのは、当然の成り行きなのではないかと椿は思った。
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