身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
ふと仁がすれ違いざまに足を止め、口元をわずかに緩めた。

「よく似合っている」

仁の視線の先は椿が着ている桜柄の小紋。

仁の浮かべた涼やかな笑顔を見て、緊張が緩むと同時に、褒められた喜びと安堵が湧き上がってくる。

椿は「ありがとうございます」と頭を下げた。

父親は仁をエレベーターで二階にある上客用の畳敷きにお通しする。

椿が遅れて二階へ上がると、父親は「お前に任せるそうだ」と椿の肩を叩いて一階に下りていった。

父親は高級な反物を勧めようとして失敗した、そんな少々口惜しそうな顔をしていた。

椿は「よろしくお願い致します」と一礼し、あらかじめ見繕っておいた反物を仁に見せる。

「ご用途に合わせて、私の方でもいくつか考えてみたのですが、まずは仁さんの好みをお聞きして――」

「好きに選んでくれ。俺のことはマネキンと思ってくれてかまわない」

どうやら完全に任せてくれるようだ。光栄なことこの上ないが、実際に着るのは仁なのだから、身に付けていて心地の良い色や素材を選んであげたい。

どうにか好みを探れないものかと質問を変えていく。
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