朔ちゃんはあきらめない

 新堂さんはここでも慣れた様子で振る舞った。   

 部屋のパネルを指差し「どこがいい?」と聞いてくれたけれど、どこがどう違うのかが分からない。そもそも緊張しすぎてじっくりと部屋を選んでいる精神状態ではないのだ。
 「じゃあ、ここで」と一番金額が低い部屋を指定すれば、「こっちのが広いよ?」とそこよりもいくらか高い部屋を選び直された。

 通路の突き当たりにある狭いエレベーターに乗り込むや否や、新堂さんは緊張して俯いていたわたしの顔を無理矢理上げさせ、早急に口づけを落としてきた。「んっ」とくぐもった声が自分の口から漏れ、羞恥に顔が赤らんでゆく。だけれど真っ暗な狭いエレベーターの中では気づかれもしない些細なことだ。

「ふっ、照れてるの?かーわい」

 そう言った新堂さんはわたしの頬に触れるだけのキスをした。先ほどの熱を交換し合うような蕩けそうなキスと正反対の、子供のようなキスだった。

 エレベーターを降りた先、薄暗い通路の中で、新堂さんが選んだ部屋の扉の上部だけが赤々と輝いている。利用客が選んだ部屋を分かりやすく示しているのだろう。わかる、それは分かるのだが。
 赤々と燃えるようなランプが愛のないセックスへの警告のように感じ、思わずどきりとする。それはわたしの中に後ろめたい気持ちが存在しているが故の被害妄想だろうか。
 
「さ、入って」

 扉を開けた新堂さんがわたしを中へと促す。一歩足を踏み入れれば、なんだか独特な匂いがする。自分の部屋と違う匂いはこうも落ち着かないものなのか、と改めて感じた。
 新堂さんはわたしとは対照的に、壁際に置かれたソファに腰を下ろし余裕な態度だ。それからソファの前にある大理石風のテーブルの上に、コンビニで買った飲み物を置いている。それが終わると「どうしたの?こっちおいでよ」と突っ立ったまま動かないわたしに苦笑いを見せ、自分が座るソファへと手招きをした。

「はい……」
「緊張してる?淫乱ビッチちゃんは慣れてるんじゃないの?」

 ぎこちなく隣に腰を下ろすと、思ったよりもソファが沈み込み、わたしは体勢を崩した。そんなわたしの体を支えながら、新堂さんは意地悪くわたしの顔色を窺う。

「彼氏以外とするのは初めてで……」

 ついでに言えば、ラブホテルを利用するのも初めてだ。わたしの言葉を聞いた新堂さんは「じゃあ、なんで彼らと揉めてたの?」と率直な疑問を投げかけてきた。新堂さんの中の淫乱ビッチちゃん像とわたしの言葉が結びつかなかったのだろう。
 わたしは歴代の彼氏に振られてきた理由とそれ故に思い至った性欲発散方法を、マモルくんを絡めながらかいつまんで話した。それを聞き終えた新堂さんは「馬鹿じゃん」と辛辣な言葉を呟いた。薄々気づいてはいたが、改めて他人、しかもドタイプの人に言われると落ち込む。
 分かりやすく肩を落としたわたしを見ても新堂さんは自分の発言を訂正しなかった。それどころか「これから付き合う彼氏からしたら、ひまりちゃんの浮気ありきの付き合いなわけでしょ?かわいそすぎるね」と至極真っ当な意見で追い打ちをかけてくる。
 ごもっともだ。もっともすぎて、ぐうの音もでないとはこのことか。でも、じゃあ、どうしたらいいの?わたしは本当に悩んでいるのだ。

「どうしたらいいですか?」

 と思ったままを口にすれば、新堂さんは「さぁ?とりあえずセックスして、やなことは忘れちゃお」となんの解決法も提示しないまま、わたしに深く口づけを落とした。

「んっ、はっ、しんどーさん……」
「なーに?ひまりちゃん」

 何度も交わされる口づけの合間に名前を呼べば、蕩けるほどの甘い声で返してくれる。これが今の今までわたしのことを「馬鹿じゃん」とこきおろしていた声と同じだとは思えない。「もっと、もっとしてください」と懇願すれば返事は口づけで返された。

 どれほどキスをしていたのだろう。頭がぽぅと重くなり、目がとろりと溶けているのがわかる。発情しきったわたしの顔を見て「水飲んどきな」と新堂さんがテーブルの上のペットボトルを差し出した。それを素直に受け取るが、どうやら指に力が入りにくく蓋を開けることが難しい。
 そんなわたしの様子を見かねて、新堂さんがわたしの手からペットボトルを奪う。そして徐に自分が口をつけ、水を口腔内に含んだ。わたしは上を向かされた状態で顔を固定され、惚けている間に唇が合わされる。薄っすらと開いた口元から生温い水を流し込まれ、こくこくと嚥下するたびに底なし沼に引っ張られる心地だ。
 知らない。わたしは知らなかった。キスがこんなに気持ちいいことを。キスをされるだけで頭の先から爪先までを電流が走り抜けるのだ。口の中にも性感帯ってあったんだ。

「キスしただけで腰揺らして、ほんとやらしー」

 水を口移しで飲ませ終えた新堂さんに耳元で甘く指摘され、わたしの儚い理性は終わりを迎えた。もうバレてるなら一緒だと新堂さんの膝に跨り、硬くなった新堂さんのものにわたしの股間を擦り付けた。
 自分勝手に快感を貪っている。こんなのまるでオナニーだ。だけど腰が止まらない。前後に動くたびにわたしの一番気持ち良いところを、新堂さんのが掠めていく。あ、だめ、いっちゃう……あっけない絶頂の予感を感じたときだった。新堂さんが腰を引き、わたしとの距離を取ったのだ。引いて行く絶頂と、引いてくれない快感とで頭がおかしくなりそう。
 今にも泣き出しそうなわたしを見て、新堂さんは酷く楽しそうに笑った。
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