朔ちゃんはあきらめない

2

 待ち合わせ場所のカフェのテラス席で「おつかれー」と新堂さんが手を振った。


 自制心の低いわたしは、あんな危険な目に遭ったにも関わらず、軽率に新堂さんに連絡をいれた。しかもその日の夜にだ。
 ワンコールで電話を取った新堂さんが「まさかこんなに早く連絡あるとは思ってなかったよ」と驚いていたぐらいのスピードだ。
 だってドタイプなんだもの。絶対にお近づきになりたいんだもの。そんな下心は微塵も出さないように気をつけて「どうしても今日のお礼をしたくて」と2人で会う約束を取り付けたのだった。


 
 席まで案内してくれた店員さんに軽く会釈をし、すでに飲み物を頼んでいた新堂さんの前に座った。

「お待たせしました?遅くなってごめんなさい」
「全然待ってないよ。なに頼む?」

 爽やかな笑顔を向けながら、新堂さんはわたしにメニューを差し出した。「ありがとうございます」とそれを受け取り、「新堂さんはなに頼んだんですか?」と飲みかけのカップに視線をやった。

「あぁ、普通にコーヒーだよ」
「そっか……じゃあ、わたしはキャラメルラテにします」
「女の子ってキャラメル好きだよね」

 わたしの答えを聞いた新堂さんは店員さんを呼び止め、代わりに注文をしてくれる。今までの彼氏にはなかった気遣いに年上の余裕を感じた。といっても、2つしか違わないけれど。
 だけどわたしが今まで関わってきたどの男の子とも違う。スマートな行動だった。


 注文したキャラメルラテが運ばれてきたので「いただきます」と声に出し、ストローに唇をつけた。なんだか新堂さんからの視線を感じる。すぐにストローから口を離し新堂さんの顔を見ると、やはりわたしのことをジッと見つめている。
 しかし、わたしが見つめ返してもたじろぐどころか薄っすらと微笑みをたたえるのだから、こちらがドギマギしてしまう。

「な、なにか変ですか?」

 と辛うじて疑問を投げかけたわたしに「やー、かわいいなって。今からこの子とセックスするんだなーって」と内容にそぐわない上品な笑顔を見せた。
 え?なに?セックス?突然の直接的な単語に目が点になる。そりゃ、万年発情期のわたしはあわよくばと思っていた。だけどそれを匂わせる会話を新堂さんとしたことは一度もなかった。
 このデートーーと、呼んでいいのか分からないが、わたしはデートだと思っているーーの約束を取り付けた電話でも、そのあと数回交わしたメッセージでも、だ。

「へ?わたし、新堂さんと……その、するんですか?」

 さすがにセックスとは言えなかった。ワード自体も躊躇してしまうのに、今は昼過ぎで、ここはお洒落なカフェだ。口が裂けても言えないわたしは、濁しながら問いかけた。

「え?しないの?セックス。そのつもりで来たのかと思ったよ」

 どうやら冗談ではないようだ。新堂さんの表情は心の底から不思議そうにキョトンとしている。それを見るに、わたしがセックスをしたがってると確信を得ていたようだった。……どこでバレたんだろう。

「新堂さんがいいなら、したいです……」
「うん。僕もひまりちゃんがいいならしたいよ」

 ドタイプの顔面を持つ人にそう言われれば、わたしに断る選択肢などなかった。身体の相性がいいなら最高だし、あわよくば付き合えたらな……と思っているのはここだけの話だ。

 わたしがキャラメルラテを飲み干すと、「じゃあ行こうか」と新堂さんは伝票を手に持ち立ち上がった。そしてわたしの分の支払いまで済ませてくれたのだ。

「新堂さん、ありがとうございます。ごちそうさまでした」
「あれぐらいどうってことないから。さ、行こう」

 わたしへ伸ばしてくれた新堂さんの手を取り2人並んで歩き出す。この前、マモルくんと歩いた時とは全然違う心と身体の高揚を感じた。早く触れたい。早く触れてほしい。


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