僕と彼女とレンタル家族
第31話 「ダイレクトメッセージ3」
 乾燥したのか空咳をする在過は、冷えたコーヒーを飲んで喉を潤す。その後も、数回咳き込むことで症状が治まった。喉の違和感を感じながらも、携帯画面に視線を落とす。

 11通目のタイトル「女の敵」と書かれた内容を見る。

【女の子に暴力振るうなんて最低。人間のクズ】

 12通目のタイトル「通報しました」と書かれた内容を見る。

【首絞めるとか、頭イカれてんじゃないの? マジ人殺しじゃん、警察に通報したから】

 13通目のタイトル「悔い改めましょう」と書かれた内容を見る。

【貴方は、自分の罪を告白してください。神は全て見ています。神は全てにおいて正しかたであります。きっと貴方が彼女にした罪も許してくださいます。彼女が告白したすべてを善とし、己の告白を偽としなさい。それで神は貴方を許し、私も許しましょう。しかし、他の者が貴方を許してくださらないのであれば、罰を受け入れ、その者を愛しなさい】

 届いていたメッセージを読み終え、在過(とうか)は一気にコーヒー飲み干す。台所の蛇口から流れ出る水道水で缶を洗ってゴミ箱に捨て、モヤモヤした気持ちの状態で部屋に戻る。

 窓から見える外の景色はすでに闇。カーテンを閉めて、入浴後の着替えを用意して脱衣所へ向かう。湯船には浸からず、壁に掛けられたシャワーヘッドから、勢いよく流れだす45度ほどのお湯が、在過の頭上から全身を洗い流していく。

 また、フラッシュバックする先ほどのメッセージ内容が、じわじわと在過の怒りを増幅させた。怒りから恐怖。恐怖から怒りへと感情が暴れだす。

「俺がなにしたってんだよ! ふざけんなよ馬鹿野郎っ! 好き放題言いやがって……ちくしょ……。なんだよ……クソ!」

 右手の拳を壁に叩きつける。何度も繰り返し叩きつけ、怒りと負の感情を逃がしていく。

「人殺し? 犯罪者? そもそも殴ってねぇよ馬鹿野郎! どいつもこいつも首絞めたとか、ふざけたこと言いやがって。あれか? あいつは俺を陥れる為に首絞めてほしいとか言ったのか?」

 真実と嘘が混じり、より強固で覆せない真実となって拡散する。それぞれのメッセージに対して反論したとしても、意味がないことを在過は理解している。文面の内容からしても、メッセージを送りつけて来た人物は、全員繋がりがある人物だと言う事は考えるまでもなかった。

 ダイレクトメッセージで届いている内容の大半は、首絞めと妹に関する内容が多い。神鳴(かんな)がSNSや友人に直接連絡をして、今回の被害を相談していることは、在過にDMが届いている時点で明らかである。しかし、どんな相談をしたら全員が責めてくる状態になるのか……、在過はわからなかった。

 ここで反論したとしても、その内容はすぐにでも共有されるだろう。スクリーンショットで仲間内だけに共有されるのか。 または、感じた個人の解釈が混じり広がっていく可能性があると。そんな考えが在過の思考を埋め尽くす。

「けほっケホッツ……。蟻地獄だな」

 シャワーの蛇口を止め、脱衣所にでると体を拭く。用意していたパジャマに着替え、机の椅子に座った在過は、ドライヤーで髪を乾かす。肩が上下する度に深い息を吐き出し、抑えられない怒りが漏れ出していく。

 唐突に訪れる感情の爆発。在過は、電源を切ったドライヤーを机に置くと、側にあったペン立てなどを勢いよく薙ぎ払っていく。

「ちくしょ! クソクソクソ……糞ったれが! 気持ち悪いんだよっ! どんなこともママに報告して、俺と一緒に過ごしているときは、ずっとママに通話繋げて話を聞かせてるとかさぁ。服装も髪型も同じにしてる、お前の母親も気持ち悪いんだよ! 顔も見たくなければ、声も聞きたくねぇ~んだよ!」

 誰もいない部屋で叫ぶ。

「ママ、ママ、ママって! お前の口から、ママって単語聞くたびに不快なんだよっ。ママが、友達が言うから、そうする……じゃねーよ! なんで全部他人が決めたことなんだよ。なにか? 俺と付き合うことになったのも、ママや友達がそう言ったのからか? ふざけんなよっ」

 蓄積された負の感情を吐き出していく。

「お前らの周りにいる交友関係も全員大っ嫌いだ! 大親友とか言うあの女も、職場まで来るとか頭おかしんじゃねぇの? お前らこそ悪魔じゃねぇかよ」

 誰も聞いていないからこそ、在過は本音を叫びだせる。怒っている、憎んでいる、恨んでいると言った感情が一気に溢れ出している。だが、そんな感情が包み込んでいるはずなのに……在過は涙を流していた。

「なんだよ……ちくしょ。やっと理解してくれる人だと思ったのに。やっと……抜け出せると思ったのに。結局……こうなるのかよ!」

 机に叩きつけた拳に答えるように、ドンッと音が響く。吐き出した感情が過ぎ去ると、後に残るのは悲しみと虚しさ。

 部屋の電気を消してベットに横たわる。呆然と天井を見つめ、部屋は無音なはずなのに耳音響放射(じおんきょうほうしゃ)と呼ばれる現象が在過を不快にさせていた。
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