音楽なんかで世界は救えない

「あーあ。いきなり再生数伸びたりとかさ、現実問題、そんな上手くはいかないよね」

 律が口を尖らせて、そう言った。
 夕方18時過ぎ、某ハンバーガーチェーン店は部活動を終えた学生や、参考書やノートを広げた学生たちで賑わっている。

 『ITSUKA』──あの日、律と透花によって結成された音楽ユニット。律が初めて投稿した際のアカウント名『イツカ』をローマ字に変換して、ユニットとしての名前に改め、2曲目である『消せない春で染めてくれ』をアップしたのは5月末のことである。

 それから1週間ほど経った。結果から言えば、初投稿曲よりは大幅に再生数は伸びた。
 1週間にして再生数は六千回を超え、コメント欄にも感想を残してくれる視聴者がちらほらといる。が、それでも動画サイトに投稿される数多くの曲たちに埋もれていることは否めない。

「笹原さんの絵と俺の曲合わせて見たときは、めちゃくちゃ興奮したんだけどなー。これは絶対いける! って」

 律は頬杖を突きながら、がっくり肩を落とした。

「動画のクオリティかー、やっぱ」
「それは否めないです……。フリーの動画編集ソフトじゃ、やっぱり限界ありますし」

 透花たちが一番苦戦したのは、編曲でも、イラスト作成でもなく、動画編集だった。透花はもちろん、律もまたそちら方面はずぶの素人。
 
 曲の流れるタイミング、イラストとのマッチ具合、歌詞をどう魅せるのか。人を惹きつける動画というのは、その魅せるがうまく嚙み合っていることで生まれる。インターネットからダウンロードした無料の動画ソフトだけでは一定のクオリティしか生み出せないところが難点だった。
 次の曲に取り掛かる前に解決しなければならない大きな問題を前に、透花たちは足踏みしていた。

「俺、動画編集とか詳しい知り合いとかいないんだよね。笹原さんはどう?」
「わたしも、……あ」

 いないです、と言い切る前に透花の頭の中にひとりだけ思い浮かんだ。

「誰か心当たりが?」
「えーと、んー……」

 身を乗り出して期待に目を輝かせる律を前に、透花は口ごもる。
 彼に協力を仰ぐなら、今透花たちが抱えている問題も一瞬で解決してくれるだろう。しかし、生半可な気持ちで頼るには返り討ちにされること間違いなし、である。

「思い当たる人は、います」
「まじ?」
「が」
「が?」
「……相応の覚悟が必要です」

 怪訝な顔で律が片眉あげた。生唾をごくりと飲み込んで、透花は彼の名前を口にする。

「纏くんに協力を仰いでみます」

 有栖川纏。
 アリスの家を営む有栖川優一の息子であり、透花とは幼馴染にあたる。

 纏の趣味は、動画編集だった。
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