宵闇の光

 確かめなかったことは他にもたくさんある──聞けない、もしくは聞きたくないと思い込んでいたことが。今思い返せば、その中のいくつかはきちんと聞いておくべきだった、と思わなくもない。
 だがもう知る術はない。父もロズリーも、二度と会えない所へ旅立ってしまったのだから──
 まどろみから目を覚ますと、いつの間にかアディが戻ってきていた。火を熾す準備をしていたので、手伝うために起き上がる。アディはすぐに気づき、その必要はないと言ったがフィリカは引き下がらなかった。何度かの問答の末、火種が燃え上がるように空気を吹き込む役割をすることで話がついた。
 剣の扱いだけでなく、ある程度の作業は左手だけでもできるように訓練してきている。枝を折ったりすることぐらいは何でもないのだったが、そう言ってもアディは聞き入れてはくれなかった。
 ……普段なら、聞き入れてもらえようがそうでなかろうが勝手に実行するのだが、こちらと同じぐらい、あるいはそれ以上に引き下がる気がなさそうなアディの表情を見ていたら、不思議と反抗し続ける気力がしぼんでしまった。
 不思議というなら、こんなふうに、ろくに知りもしない男性と二人きりでいること自体がそうだ。いくらやむを得ない状況が重なっているといっても、若い男に対して、これほど警戒心が薄くなっている自分自身が一番、訳が分からなかった。
 どうして、彼の言葉だとあっさり──最終的にはとはいえ──信用する、または受け入れてもいいという心境になるのか。火種に空気を送りながら、そして食事の間も、そのことを繰り返し考えていた。だが明確な理由は思いつかなかった。
 ──ただ、彼は絶対嘘をつかない、という気がしていた。何の証拠もないのにそう考えている自分が不可解ではあったが、とにかくそう思うのだった。
 あえて根拠を上げるなら、目と表情。薄い緑の目は透き通るような色で、まともに見ると何故か時々ぎくりとさせられる。この上なく真摯な表情と合わせて見ていると、特にそうだ。
 彼は真剣に、フィリカを案じて気遣っている。
 そう感じられるから、彼が嘘をつくはずがない、約束を破るはずがないとも思うのである。
 厳密に言えば昨夜の一件があるのだろうが、それに関しては追究する気にはならなかった。想像するとひどく落ち着かない気分になるにもかかわらず、あれは必要不可欠な処置だったのだと反射的に自分に言い聞かせている。
 実際、それは正しいと思っていたし……彼自身も何も弁解しないのだから、同じように思っているのだろう。下心など、あるはずがなかった。
 ──心の片隅で、それはそれで少し寂しいかも知れないなどと感じていることには、まだ気づいていなかった。
 「もういいのか?」
 干し肉と乾燥穀物、外で採ってきた食用の植物で作ったスープを入れていた器を返すと、アディがそう聞いてきた。一杯は食べきったし元々がどちらかと言えば小食なので、質問に頷く。
< 48 / 147 >

この作品をシェア

pagetop