婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
 祖母を座らせてから私も隣に腰を下ろす。

 彼は祖母の隣に座って、体をこちらに向けた。

「和歌子ちゃんは悪いんだね?」

 尋ねる祖母に、亜嵐さんは神妙な面持ちでうなずく。

「血液の癌です」

 私の口からひゅっと声の出ない悲鳴が漏れる。祖母はうなだれた。

「診断を受けたとき、余命二年と告知されました。祖母は日本で余生を過ごしたいと、帰国を決めたんです」

「まさかそんな病気だったなんて……」

 両手を口にあてて、涙をこらえる。

「先ほど意識を取り戻しましたが予断を許さない状態です。おばあ様と一葉ちゃんに会いたいと」

「私も和歌子ちゃんに会いたいよ」

 顔を上げた祖母は気丈にもしっかりと亜嵐さんに告げる。

「ええ。この先です。案内します」

 ソファから立った亜嵐さんに差し出された手に祖母は掴(つか)まり腰を上げ、私も立ち上がった。

 祖母は亜嵐さんの手を離し、静かに深呼吸する。

 和歌子おばあ様に会いたいけれど、余命を知ってしまった今、どんな顔をすればいいのかわからない。顔を見たら泣きだしてしまいそうだ。

 そんな私の気持ちを悟ったのか亜嵐さんが隣に立ち、私の肩に手を置いて歩き出す。

 亜嵐さんの腕が心強かった。

 病室の前で彼は静かにドアを開けて、祖母を促した。続いて私を室内へ入れて後に続く。

 病室にいた看護の女性が頭を下げて出ていく。

 和歌子おばあ様は目を閉じている。その顔が思っていたよりもつらそうではなくて安堵する。

「……和歌子ちゃん」

 祖母が声をかけると、和歌子おばあ様は瞼を上げ、こちらに顔を向けてそっと微笑みを浮かべた。

「急に知らせが……いったから、驚いた……でしょう」

 ベッドの横に立った祖母は和歌子おばあ様の手を握る。

「もちろんだよ。教えてくれればよかったのに……」

「一葉、ちゃん」

 祖母のうしろで涙をこらえていた私は、震える足で前へ進む。

「悲しまないでね……亜嵐と、引き合わせられ……て、幸せな、時間を過ごせたの」

「おばあ様……私も和歌子おばあ様に会えて幸せです。いろいろ教えていただいたお礼もさせてほしいです」

「亜嵐を……よろしくね……政美、ちゃん……ふたりを、頼んだわよ」

 言葉を発するのも大変そうなのに、和歌子おばあ様は笑顔だった。

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