強引でロマンチストなホテル王に溺愛されました。
 ……ベネチアで結婚式……ケントと結婚出来たなら、そういうことも出来たのかも知れないな。

 と、また勝手なことを考えてしまって眉間にしわを寄せる。


 分かってはいたけれど、未練があり過ぎだ。

 ケントのことを思うと、暖かい気持ちが蘇る。
 次いで喪失感に襲われる。

 離れると決めたのは私。
 逃げてしまったのは私。

 そう納得しているのに、未練は全く消える気配すらない。


「もう! そういうことはちゃんと言って!」

 頭を切り替えたくてコーヒーに口をつけると、近くで日本語が聞こえてきてつい耳を傾けてしまう。

「ごめんって。ちゃんと分かってるんだと思って……」


 見ると、ハネムーンの帰りだろうか。
 左手の薬指にペアリングを付けた若い男女が少しもめていた。


「そんなこと言って、ただ聞きづらかっただけでしょう? あたし達夫婦になったんだから……そういうこともちゃんと聞いて欲しい。言わずにすれ違ったりしたら嫌だよ?」

 奥さんの方がそう言うと、旦那さんは嬉しそうに笑ってもう一度「ごめん」と謝り奥さんの手を取った。


 それ以上見ているのは失礼かなと思って視線を雑誌に戻した。

「……」

 でも、頭の中にはさっきの奥さんの言葉が残っている。
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